2.12.2014

sharp 45 degree

こないだ日本に帰って思ったのは、なんだか色々ありすぎて疲れるな、ということです。
東京の街は縦に横に建物や道やらいろんなものが交錯しており、地震のある国だとは思えないくらい驚くほど過密です。それだけでなく、情報が沢山あっていつだってミーハーに作られた新しいムーブメントがあって物がたくさんあってその物に人が群がってそんなことも過密。一見親切な店員さんはロボットのように話します。決められた通りに仕事をこなします。それ以外のことには対応できません。ロボットよりも応用が利かないけどロボットが受けないストレスを抱えています。ある人は人に期待をしすぎています。これがこうであって当たり前だろう、そんな風に。そしてその人の当たり前をしない人が現れると腹を立てます。自分の思っていることが他人にとっても当たり前だというのは実は日本独特の発想だと思います。だから秩序が保たれている、とも言えるのだけれど、当の本人は自分本位な考えの押しつけであることにはひとつも気がついていません。東京にはどこのなんでも上陸してきます。それに行列ができて、それを食べたり手に入れた人は嬉しげにしています。本来のところにあった良いものがすべて失われてただモノとしてあるだけの事実を知らずに。さて、こんな街に住んでいるのはどんな人なんでしょうか。実を言えばそれは誰でもいいんです。誰かなんてどうでもいいんです。そこに住めば無理矢理そこの人間にさせられるんですから。憧れや夢もをっている人が多いけれど、裏を返せばとても大きな渦のなかで気がついたら踊らされているんです。だからそこにいるなら確認するべきだ、自分がどこの誰でなんの意義があってそこにいるのかを。

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